社会保険労務士金子幸嗣事務所

より専門的な記事を掲載していきます。

哲学顧問〜士業の新しい役割〜

AnthropicやOpenAI、Googleといった最先端のAI企業では、哲学者や倫理学者が非常に重要な役割を担うようになっています。かつてのテクノロジー企業は技術的に何ができるかを追求していましたが、AIが人間社会に多大な影響を与えるようになった現在では、倫理的にどうあるべきかを問う専門家が不可欠になっているからです。彼らは企業内で、AIが人間の意図や道徳的価値観に沿って安全に行動するように調整するアライメントや、開発中のテクノロジーが社会に与える長期的かつ倫理的なリスクの評価を担当しています。さらに、公平性や安全性といった抽象的な哲学の概念をエンジニアが実装できる形に翻訳したり、企業が技術を世に出す際のガイドラインを策定したりするなど、倫理をAIのコードや企業戦略に実装するための実務家として機能しています。

AIの進化に伴い、これまで人間が行ってきた実務はAIに置き換わり、人間にはより高度で本質的な仕事が残されるという見方が広がっています。確かに、定型業務や情報処理などの実務はAIに代替されつつありますが、データ分析や論理的な推論といったこれまで高度な知的業務とされてきた領域こそAIが非常に得意とする分野である点には注意が必要です。つまり、高度な情報処理自体が必ずしも人間に残されるわけではありません。

結果として、人間にとっての本質的な仕事は、エリート的な頭脳労働から人間性に根ざしたものへとシフトしていくと考えられます。それは、目的を創り出す情熱やビジョン、倫理的かつ道徳的な決断と責任、人間同士のつながりや共感に立脚する仕事、そして予測不可能な物理空間での複雑な作業などです。社会全体で見ればより本質的な仕事へ移行していくのは確かですが、すべての人がすぐにシフトできるわけではなく、新しい価値観に適応するためのリスキリングや雇用のミスマッチといった現実的な痛みを伴うプロセスも発生しています。

企業において哲学や倫理をリードする機能は、決してテクノロジー業界だけの一時的な流行ではなく、規模や業種を問わず近い将来必須のインフラになっていくと確実視されています。今後、あらゆる企業が業務にAIを導入することになりますが、外部のAIサービスを利用して採用選考や顧客へのマーケティングを行った結果、倫理的な問題が生じた場合、責任を問われるのはAI開発会社だけでなくそれを使ってビジネスを行った企業だからです。また、これまで倫理的にどうあるべきかという議論だったものが世界的に法規制へと移行しており、倫理的なガバナンスがコンプライアンスの必須項目になりつつあることも大きな理由です。さらに、投資家や消費者が企業を評価する指標として、環境や社会、ガバナンスに加えて企業のデジタル責任という概念も急速に広まっています。

こうした背景を踏まえると、弁護士や税理士、社会保険労務士といった日本の士業がAI時代を生き残るためには、自ら率先して企業の倫理やAIガバナンスの顧問というポジションを取りに行くべきだと言えます。過去の判例検索や書類作成といった膨大な知識の処理と定型作業はAIが最も得意とする領域であるため、手続き代行としての価値は今後大きく低下し、実質的な淘汰を迎える可能性が高いからです。しかし、士業の本来の価値はルールと生身の人間の活動の間を取り持つことにあります。これはまさにAI倫理や哲学が直面している課題と同じです。

社会保険労務士の場合、これまでの手続きや労務管理のプロから、AI時代の人事倫理やガバナンス顧問へと自らをアップデートすることが求められます。法律を盾に企業と労働者を守るだけでなく、人間の尊厳と公平性を守る哲学的なポジションを取るということです。定型業務の自動化が進む一方で、AIが人間を評価や管理し始めた時には、必ず倫理的リスクや組織崩壊の危機が潜んでいます。社会保険労務士は、そのリスクを防ぐ防波堤としての役割を担うことができます。

具体的には、会社としてAIを従業員の監視や評価にどこまで使ってよいかという倫理規定を就業規則に組み込んだり、企業がAI面接や評価ツールを導入する際にそこに偏見がないかを第三者として監査したりすることが考えられます。また、AIによって業務が代替された社員に対して、新しい価値を生み出すためのリスキリングのロードマップを経営陣と描き、疎外感を払拭して心理的安全性を担保するといった支援も重要になります。手続きはAIに奪われても、評価の公平性に対する不満の調整や社員の感情への寄り添い、そして会社としてどういう組織でありたいかという哲学の言語化はAIにはできません。労働法務の知識と人間の感情への理解を併せ持つ社会保険労務士も、AIと人間の間のハブになる倫理顧問として活躍できるはずです。

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